News
Releases
Mailorder
Medias
Ideas
Photos
About us
A-Infos
Links

Ideas

テロを忘れろ : 現実のハイジャック (Forget Terrorism: The Hijacking of Reality)

彼女の人生が意味があり、彼女の運命が彼女の手の中にあるという感覚を持つ人は、無い人より活発で根源的な方法を身につけています。その意味で、9月11日、テロリストは何千人もの人々を殺すために旅客機を利用した。また、政治家とメディアは生き残ったごく少数のすべての人間を殺すためにその出来事を利用した。

ここに企業メディアやインディペンデント・メディアの両方から得た同じような展開の貴重な話がある:世界最大の基本的な対立が権力と人々の間にあった1999年11月と2001年9月の間の時代にその簡潔な窓口がある。ベルリンの壁が崩壊 [1] するまで、それは資本主義と共産主義の間にあった: ところで、誰でも知っているように、それはテロリズムといわゆる民主主義の間にある。その簡潔な活気づけの期間がなかったなら、ますます多くの人々の心の中に主要な2分法が、一方では階級と支配の間、他方では自治・自由・協力の中にあったことだろう。

どこであれ地球を見渡せば、人々は自分自身を組織し始めており、自発的な活動で腕を試し、国家や企業の利益が妨害しようとしたときにはやり返している。経済的なエリートの会議が閉ざされるとともに、集合的な地域のコレクティブや抵抗のグローバルなネットワークがリンクし、未来は早い者勝ちかのように感じ始めた。だが、バリケードのどちら側の誰もが、米国の外交政策が第3世界において細工されたという未解決の勘定を考慮しなかった。そして最も重要なことは、C.I.A.の元職員によって指導され日々のテロリストに生まれ変わらせられ、ニューヨークでねぐらにつかせるために、それらのニワトリに小屋を提供したことなのである。

何千もの人間が冷酷な暴力行為で命を失ったとき、誰もがあの朝起こった徹底的な悲劇を知る。だが、他の悲劇・見知らぬ 人・影の薄い人は、初めに一緒くたにされた : 多くの人々が国際的なテレビの中で、実際に命を失う不運を持っているとき、この社会に見いだされる悲劇がある。

9月11日の出来事の面 白い副作用は、屋根を通じて発せられたそのテレビ・ニュースの視聴率であった。誰もがテレビにくぎづけになった: また、すべての会話が、すべての都市・国家・国民の中で、ニューヨークに関することだった。急にーー1人が考えるどんなことも1人の現実になったのであるーーニューヨークシティ、とりわけ攻撃と死は、現実の震源地となり、そして外側に広がる地帯については、さらに少なくそれほど現実的ではなかった。大多数のアイオワの人は、ツインタワーの中に家族を持つべきだったと望むことができる。したがって、彼は、大事であった人に血液によって接続できるかも知れない。それはもちろん、無神経な誇張ではあるーーだが、そのような親類がいなかった私たちの内の数人が、表沙汰にならない苦痛、おそらくそのことが出来た人々に対する潜在的な嫉妬を感じたことは否定しないでおこう。そしてそうした人々は、1人に関するそのような苦痛や怒り、皆の心に対して主要な問題だけを話すことができた。

連続殺人鬼や連続ドラマ、パニック映画や実際の災害が、注目を集めるのと同じ方法で、ニューヨークに向けられた: また、都市の外部の誰もが、遠くから傍観し、麻痺し、一人として何が次に起こるのかと不思議そうに映画館に行った。私たちはみな無力だったし、私たちの感覚の働きは、時代の最大の緊急性において消し去られた。企業的なメディアに反対し、別 の方法で、自分自身の受動性に巻き込まれることを断った私たちは、未だ他の人すべてと共にスクリーンを凝視した: そのような分析を持たなかった人々は、あたかも彼ら独自のものかのように、トーキングヘッドの結論を受けいれた。その後、彼らが命じられたと同時に、彼らは、彼ら独自のものではない国旗を掲げたのである。

いわゆる「活動家」は、大部分が麻痺させられた中にあり、比較的に話をしている。世界を今変革できるという感覚を共有した人々は、あたかも催眠術にかかったかのように凍結したのである。これはある権力のためには確かに便利だったし、そのような人々は悲劇の報道範囲や展開を書いた。だが、なぜこんなことが起こったのだろうか?

きみが人々を無能にしたいなら、無意味に感じさせよう。無意味に感じることは麻痺させることである: 士気と勢いを捨て、世界の全ての権力をーー思い出そう。その権力はすべての個人の組み立てられた権力から構成され、それは上から振るわれたある帝威ではない。資格付与の感覚は、それらの権利やテレビの接触によって強化され、少数の命令に従えば、偶然に適用するだけのことである。無意味な感情は無意味にする: "行動がそうである” ときの絶望は、行動はどうしなければならないかを独自に決定する能力をスリ変える。

ニュースの根本的なメッセージは、倒壊するツインタワーのあらゆる含意と共により深いところにこつこつと働き、私たちは何がなんでもそれは小数の人々がやったということだった。世界史、つまり現実の命は私たちの手から離れた。活動家とコミュニティーが行なったささいな小数のゲームは無関係であった。人はもはや注意を払わないし、言うまでもなくゲームに参加する。もちろん、これは必ずしも真実ではない。しかし、ニュースの上にあったので、ニュースになった。また、ニュースであったので、真実になった。[2]

皮肉にもこの意味は置き換えられたーーそれ自体を意味するグローバルな核としてのニューヨークの考慮のこの中心はーーまさにテロリストを憤慨させて餌付けしたものであったーーテロリストはそのことから学習したことと同じ暴力で持って帝国の中心に反撃したが、たんに獣に食料を与えただけであった。テロリズムは、きみがそのことを受けいれるか、そのことを適用するかのどうかのための、最終的な観客動員力のあるスポーツだ。また、傍観者は、スポットライトを指図する人間の手の中にある権力を簡単に強化することができる。

ツインタワーはたんに金融力の軌跡ではなく、まさに、そう図像学の力であったーーこの情報化の時代において最も価値ある普及、である。その種の権力はどのように集められ再生されるのだろうか? 同じ方法で、金融資本は集められ再生されるのだ : 権力者は、彼らの人生が意味を持っているという感覚の他のものを衰えさせることにより、それを中心に集め独占し、それによって、そのような大量 生産された意味を買うことを彼らに強いる。例えば: それがただ一つの娯楽的な町であるように見えるので、小さな町アメリカの監視テレビの中の人々は、ちょうど米国外の固有の民族として互いに会話する代わりに、搾取雇用を求める。これは自然なことではないーー望ましく見える大量 生産の代案については、ちょうど自国の人が征服者によって、従来の生活様式を破壊されなければならなかったように、テレビ・ウォッチャーは、ソファーを離れて彼らを一緒にしていた親密な接続や進行中のプロジェクトを失わなければならなかった。ちょうどマイケル・ジョーダンがナイキの搾取労働者が貧しいのと同じくらい裕福なように、ディズニーランドが Des Moines が退屈であるのと同じくらい楽しいようにーーこれらは偶然の一致ではない。経済的な搾取やメディアの支配は本質的に異なるレベルで行なわれた同じプロセスである。

したがって、今の世代の私たちとマスメディアの間に入り込んでいる自己の感覚のための戦争において、2001年9月11日は、最上級のテロ行為が私たちすべてに対し実行されたのを見たのである: まさに旅客機のハイジャックや衝突ではなくーーだが、出来事は、その方法で、私たちが自分のために現実を決定することができるという芽を出しかけた感覚をハイジャックし、衝突させるために利用された。特に米国政府の手の中にあるこの強化された権力、それは一連の論争の的になっている戦争を始めることによって、人々を無力にし混乱させるためにそれを利用したのである。[3] 時代の中で、階級的エリートが、権力と人々の間の基本的な対立から皆をそらすために、新たな偽りの2分法を思いつき強く望んだのが何より良かったのかもしれない。

現在の質問ーーすべての人生の要所における最終的な質問はーー私たちがどのようにもう一度この矛盾した対立を再構成することができるか、だ。それはたんなる平和対戦争か、という質問ではない: 9月11日の攻撃につながった「平和」なその10年間は、それが、自爆テロ攻撃者の育成のため、西洋において報復を得るために、死ぬ 価値があったことを納得させるには十分血にまみれていた。また、現在の状況下の新しい平和はさらに裏切り行為であるだろう。また、私たちもこれをイデオロギーの対立に当てはめることはできない: 私たちは、弾丸と爆弾が観覧席へ無差別に降り注いでいる一方、私たちの信用できるチームや他のものに対するテーマを支持し、もはや知ったかぶりをする余裕などない。その質問はそう、何がテレビで言われていても、誰が死につつあるか殺していても、常にある。私たちが自分自身でできること、私たちが生活で作るもの、私たち各々は、どのように毎日の決定でグローバルな出来事と対話するのだろうか。私たちの相手は私たちの努力を妨害し、私たち自身の目的のためのこの問題を不明瞭にする連中であり、政治家とテロリストに同様の正当化を用意し、不正義の修復のために作用する公正なものの中に場所を作るより、むしろ恐怖や戦争によっておおい隠された受動的な観客の世界を支配したい連中だろう。

それが私たちまでなら、これ以上の戦争もなく、これ以上の搾取もなく、これ以上のテロもないことを皆知っている。

私たちまでである。

CrimethInc. Workers’Collective, election year 2004

1: 歴史は皮肉な一致がおびただしい。9/11においてベルリンの壁が崩壊したことは少しの偶然もない。

2: これは、私たちが持続可能な解放運動を構築するなら、メディアを無視することができることに関し、私たちがどれくらい多くを学ばなければならないかを示している。

3: ヒトラーが言ったように、きみが自分自身を考えるために停止することを、兵士に守らせたいなら、軍隊の行進を続けさせることである。それは軍隊の新兵にもリベラルな抗議者にも当てはまる。

(原文はこちら:http://www.crimethinc.com/911/ )


page top

back to the top